2024年7月30日火曜日

コラム:「不合格」にアンラッキーはない、実力だ。

ラッキーな「合格」はある。

40年中高生の進路指導していると、

  • 大学受験では熊本大工学部土木で定員割れ、センター試験400点台で合格。
  • 長崎西高で志望倍率が高くなりすぎ本番で敬遠、定員割れの全員合格
  • 長崎西高で不合格者4名実質1倍、などだ。
しかしアンラッキーな「不合格」はない。

模試の偏差値だけで判断して受験、不合格という人がいる。過去問演習も不十分。それはアンラッキーではない。受験勉強とはどういうことか知らずに受けた結果の「実力」だ。

受験者数が定員の2倍超える受験でラッキーな合格はありえない。まずは過去問を自在に解けることを目標にする。

過去問は十分解いたけれど不合格だった、という人もいるだろう。私はこのホームページのあらゆるところに「巡回学習」について書いている。理解するため、習得するため、合格レベルを突破するためにそれぞれ巡回学習する。君の過去問対策はどの段階まで取り組んだろうか。

〇〇大と目標を定めたら、過去問を解けるように問題や自分自身の改善すべき点をまとめなきゃ。その行動が「目指す」ということなのだから。

次の写真は加津佐中Sくんの合格体験記2013年。横着な言い方だが、私に出会ったから彼は青雲高に進学した。青雲に進学したから東大を目指した。そのときどきに自分の未熟さに気づき努力した。浪人して東京の予備校に通った。東大コースは習熟度順にいくつもあり、彼のクラスからは例年、東大合格者はわずかだった。Sくんはそのクラスから合格した。

Sくんには突然「転機」が訪れた。私は「Sくんは合格する」と直感した瞬間を2024年の今でも覚えている。それは彼の謙虚さがもたらした。

以下、写真から抜粋する。

慢心、未熟 に気づいた。転機だった。

慢心。

中学校での成績は決して悪くなく、受験なんて定期テストぐらい勉強していればいいだろうと思っていた。しかし慢心だった。塾に来てすぐにわかった。少し複雑な計算になっただけで、ペンが止まり解けなかった。

未熟

自分の未熟さを知り努力した。(南串山教室だけでなく、千々石教室、久山台教室と)学ぶ場所を増やし、学習時間を増やし、学習会には進んで参加した。わからない問題とにらめっこして、逃げ出したくなる時も多かった。自分を応援してくれる人たち(両親)の事を思い、努力した。

狭い世界で生きてきた

自分がどれだけ狭い世界で生きてきたかを知り、周りに流されず、自分の目標をしっかりと持ち、努力することが大事だと思う。

学習会

僕は自分で自分を追い込んで努力することが苦手だった。塾の学習会を利用し、徐々に習慣を身につけ家でも学習に取り組めるようになった。

転機。

入塾直前にお母さまと揉めた。「お母さんが言うガムシャラに勉強って、どうすればガムシャラに勉強した事になるのか分からない!」と抗議したそうだ。しかし入塾して数日後、10時間半の無料学習会に参加。

「10時間半なんていったい誰がやるんだろうと思っていた。実際みんなやっていた。自分はさらに努力しなければいけない」と気づく。Sくんの転機だ。

気づく。

「10時間半なんて・・みんなやっていた」、加津佐から片道50数キロの距離を送迎してくれる「自分を応援してくれる人たち」に気づいてSくんの勉強は加速する。

自宅ではなかなか勉強にとりかかれない。竹下数塾では休憩なしで3時間連続して勉強する。なぜか?自宅はくつろぐ場、 塾の教室は勉強する場だからだ。

他塾を経験した生徒が言う。ここでは「勉強するしかない」。

Sくんの様子はこちら。加津佐中から青雲高、東大へ。