私は、新しい視点を取り入れることができる環境下でドイツを学びたいと考え、早稲田大学文学部を志望した。
中学1年の頃に読んだヘルマン・ヘッセの「少年の日の思い出」が私がドイツに興味を持つきっかけとなった。日本との違いが見受けられ、異質に感じたのだ。この物語のテーマであるクジャクヤママユは、日本人が嫌う蛾である。そもそも、本文中に子供の時に蝶集めが当たり前であるという描写があるが、私の周りに蝶を採集している人はいなかった。私が小学生の時は、緑色の小さな虫かごにカマキリやクワガタ、カブトムシなどを入れて、そこに雑草や木の棒、昆虫ゼリーを用意して、小さな家を作ってやるのが普通であった。今、読み返してみると、文章が淡々としているように思われる。ドイツの寒い気候由来であろうか、例えばクジャクヤママユを盗むシーンについて、状況としてはかなり緊迫しているが、こちらまでも焦ってしまうような描写ではなく、ただ事実とその時の感情を平坦に伝えている。これが日本だったら、忍者のようにこっそり侵入したり、温暖湿潤由来の目的のものを盗んだ時にどろりと湿った感情が芽生える描写がされているのではないだろうか。遠く離れたドイツとはどのような国であるのかを想像させた。そしてその一年後、日丸屋秀和氏による国を擬人化したキャラクターたちが登場する漫画「ヘタリア」を読み、ドイツを学びたいと強く意識するようになった。イタリアをはじめとしたさまざまな先進国が人として登場する中で、プロイセンという見慣れない国を知った。彼は現在のドイツをつくった今はない国で、第二次大戦後は東ドイツとして生き続けたことがわかった。戦後、彼がどのように東ドイツとして生き続けたのか、またその歴史的背景について関心を抱いた。
私は自ら図書館へと足を運んでドイツに関する本を読み、自らの関心を深めていった。その中で河合信晴氏の「物語 東ドイツの歴史―分断国家の挑戦と挫折」を読み、私が想像していた東ドイツと実際の東ドイツに大きな隔たりがあることがわかった。私は東ドイツについてシュタージに代表される監視社会や抑圧的な体制などの負のイメージを持っていたが、実際には文化政策の自由化を代表とする比較的自由な政策も一時的に行われていたことに衝撃を受けた。ほかにも、厳しい監視態勢が敷かれていたにもかかわらず、東ドイツに哀愁を感じる「オスタルギー」という言葉が存在していることがわかった。私はこの過程でドイツに関する知識が不足していることを自覚し、当時の文学や研究を通して解像度を高めたいと感じた。私が住んでいる地域にある図書館にはプロイセンや東ドイツに関する本は少なかった。早稲田大学に設置されている図書館は研究図書を含めた本の蔵書数が多く、魅力的に感じた。また、文学部ドイツ語コースにはドイツの近現代文学を専門とした教授がいらっしゃるので、研究をする上で大きなアドバンテージになると考えた。
文学部に入学した後、「ドイツの移民政策による生活の変化」をテーマにして探究したいと考えている。私が移民問題に興味を持った理由は、図書館でドイツの調べ物をしているときに坂口裕彦氏の「ルポ難民追跡―バルカンルートを行く」という本を読んだからだ。この本はギリシャのレスボス島で出会ったアフガニスタン、そしてシリアから逃れた難民のアリ・バグリさん一家の、トルコからエーゲ海の島々を経て、ギリシャ本土に渡り、それからバルカン半島を陸伝いに北上するバルカンルートを通ってドイツを目指す姿を記録した同時進行ルポルタージュである。その道中、移民が絡んだテロや事件によって難民に寛容な政策への批判が高まり、ハンガリーの国境封鎖によるルート変更など難民・移民への厳しい取り締まりが行われていた。
この本は2016年に刊行されており、本文中に「日本から見れば遠い世界の出来事かもしれない難民・移民問題」という記述があったが、この数年で一気に注目度が上がっているように感じている。そもそも他文化圏の人々との共存はできるのか。ドイツは第二次大戦中のユダヤ人の大量虐殺の反省を踏まえ、憲法にあたるドイツ連邦共和国基本法の第16条aで「政治的に迫害されるものは庇護権を享有する」と定めている。具体的な事例として、メルケル前首相がシリア難民を無条件に受け入れたことが挙げられる。彼女の英断は世界中で人道的であると高く評価される一方で、国内では難民・移民による主に女性への暴力事件やテロが問題となった。人道主義や移動の自由を掲げてきたEUは、最終的にバルカンルートを事実上閉鎖してしまった。
私は今まで移民の受け入れについて議論した際、犯罪増加の懸念から反対の立場をとっていた。しかし、国家公安委員会・警察庁(2024)『令和6年版 警察白書』 を元にした日立財団のグローバルソサエティレビューの発表によると、外国人による犯罪は増加していないことがわかった。私は「外国人が増加すると治安が悪化する」という偏見を持っていて、理不尽に移民に抵抗感を示していたのだ。インターネット上ではヨーロッパで白人が有色人種から暴行を加えられる瞬間を撮った動画が拡散され、いずれ日本もこのようになるだろうと不安をあおっている。このような過激な動画が、視聴者に移民への偏見を持たせ、移民が理不尽に嫌われているのではないだろうか。私以外も持っているであろうこの偏見を取り除きたいと考えた。
そもそも偏見はどのようにして生まれるのか。私は見た目と言動がカギになると考えた。私が長年通っている英会話教室で様々な国籍の人と交流する機会があったが、幼いころは大袈裟なリアクションやフレンドリーな態度に困惑し、距離を置いてしまうことがあった。坂口氏の本でも、アリさんを一家含む難民・移民が、例えばフェリーで移動するときに限られたわずかなお金を割高な個室のために充てるという楽観的な思考をしたり、歩道の手すりにシャツや靴下といった洗濯物を干すという迷惑な行動をしたりしていた。このような行動は、和辻哲郎氏が述べるような風土や宗教による思考の違いが原因だろうと考えていたが、本当にそうなのだろうか。
メキシコのテオティワカン遺跡と大陸が隔たったエジプトのピラミッドは似た構造を持つ。テオティワカン遺跡については詳しいことは定かではないが、どちらのピラミッドも大きな権威を持っていたのだろう。当時ヨーロッパにとってアメリカ大陸は存在しておらず、交流はないはずである。陸でつながっていない断絶された土地に巨大なピラミッド構造という共通した特徴がみられるならば、人類の思考の根底は同じなのではないだろうか。もしこの仮説が正しいならば、先ほど述べたような思考の違いが生まれる分岐点を見つけることによってどのような原因で偏見が生まれたかわかるのではないだろうか。
その分岐点を見つけるために早稲田大学で学び実践したいことは主に3つある。1つ目は比較文学だ。なぜなら文学には著者の地域への批判や葛藤、生活文化の描写が含まれており、別の地域の文学と比較することで地域ごとの相違点と共通点を発見することができるからだ。ここ十数年でつくられた作品には移民による影響や批判が含まれているのではないかと考えた。しらみつぶしに見つけていけばやがて思考の分岐点を見つけることができるのではないだろうか。早稲田大学文学部ドイツ語ドイツ文学コースには現代文学と比較文学専門の教授がいらっしゃるので、より質の高い研究ができると考えた。
2つ目はフィールドワークだ。ドイツのように共生を模索している小さな縮図のような場所が日本にもある。東京都新宿区の新大久保だ。そこでは不動産屋や大家、先輩の外国人による住宅地のゴミ出しや生活音のマナーのアドバイス、小学校に日本語を徹底的に教える日本語国際学級の設置、インターナショナル事業者交流会である4カ国会議の開催などが行われ、新しい新大久保がつくられている。もちろん外国人との軋轢や日本人住民の葛藤は存在している。実際に新大久保を訪れ、仲間と分担して留学生や現地の住民にインタビューを行い、広く意見を集め、文化の違いから生じる摩擦や協同の実態をより鮮明にしたい。戸山キャンパスは新大久保の近くにあるのでフィールドワークがしやすいと感じた。
3つ目は多角的な視点の獲得だ。私は学校の探究活動で日本伝統のグループに組み込まれ、清水寺に代表される懸造りを研究をすることになった。当初は西洋の建築技術が優れていると思い、日本の伝統建築にあまり関心を抱いていなかったが、釘を使わずに頑丈な土台を構成する懸造りの技術に衝撃を受けた。そして、グループ内の仲間と力を合わせ模型を作り、構造への理解を深めることができた。この体験から、興味のある分野だけではなくそれに関連しそうな分野にも触れて、偏った考えを改めるべきだと考えるようになった。早稲田大学文学部ではブリッジ制度や全学副専攻制度を利用することができる。例えば先程述べた「オスタルギー」について、当初はこの言葉が存在することを疑問に思ったが、この答えはドイツを学ぶだけではなく、人類学や心理学といった文学研究に関連する学問に触れることで解決することができると気づいた。他の学問の素養も不足していることを痛感し、私の研究テーマに関する学問にできるだけ多く触れたいと感じるようになった。これらの制度を利用することによって、複数の視点から人間の思考の根源に迫ることが出来るのではないかと考えた。また、早稲田大学には留学生を含め多くの学生が在籍しているので、異なる考え方を多く吸収できると感じた。
以上の理由から私は早稲田大学文学部を志望した。