
「700題で十分だよ。その代わり9回ぐらい解いたけどね」
「9回!?」
「そうだよ。9回だよ。そんなの、灘高じゃ当たり前だよ」
「当たり前!?」
私は、自分が恥ずかしくなりました。自分は数学は2000題も解いたのに、いまいちパッとしなかったのは明らかに回数が足りていなかったのです。
1回で終わってしまう人。2回で終わってしまう人。4回やっても、まだ続けられる人。・・・そこにある差はなんなのか?
「当たり前」のレベル
私は気づいた。
私と秀才の、決定的な違いは何か。頭の良し悪し、使った教材、友達とか、高校とか、環境とか、そういった外条件ではない。それらに影響を受けた意識の差、私自身の「当たり前」のレベルが違ったんだ!と。