
大学受験センター過去問 反復376回
| 科目 | 得点 | 2019 h31 |
2018 h30 |
2017 h29 |
2016 h28 |
2015 h27 |
2014 h26 |
2013 h25 |
2012 h24 |
2011 h23 |
2010 h22 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 英語 | 最高 | 57 | 69up | 76up | 71up | 62up | 64 | - | - | - | - |
| 最低 | 57 | 50 | 69 | 54 | 59 | 64 | - | - | - | - | |
| 数学1A | 最高 | 78 | 69 | 89up | 78 | - | - | - | - | - | - |
| 最低 | 78 | 69 | 57 | 78 | - | - | - | - | - | - | |
| 数学2B | 最高 | 81up | 91up | 65up | 70up | - | - | 41 | - | - | - |
| 最低 | 65 | 51 | 38 | 51 | - | - | 41 | - | - | - | |
| 国語 | 最高 | - | - | - | - | - | 61 | 67 | 79 | 88 | 71 |
| 最低 | - | - | - | - | - | 61 | 67 | 79 | 88 | 71 | |
| 生物基礎 | 最高 | 94up | 100up | 100up | 94up | 78 | - | - | - | - | - |
| 最低 | 82 | 88 | 82 | 76 | 78 | - | - | - | - | - | |
| 地学基礎 | 最高 | 94 | 100up | 92 | 86up | 84 | - | - | - | - | - |
| 最低 | 94 | 88 | 92 | 64 | 84 | - | - | - | - | - | |
| 世界史 | 最高 | 97up | 95up | 95up | 78up | 78up | 86up | 72up | 72up | 73up | 55 |
| 最低 | 64 | 46 | 34 | 42 | 30 | 34 | 46 | 48 | 32 | 55 | |
| 現代社会 | 最高 | 94up | 97up | 81up | 77up | 84up | 85up | 89up | 76up | 80up | 86up |
| 最低 | 61 | 45 | 46 | 38 | 60 | 60 | 75 | 70 | 73 | 70 |
A表は高3 Sさんのセンター試験過去問の正答率の推移。最低点(右表)から最高点(左表)に至るまで、9月末からセンター本番までの3か月で延べ376回反復した。Sさんは体育部のキャプテン。部活で帰宅時間が遅く宿題を仕上げるのに毎日深夜までかかる。2年生末、成績は学年下位に落ちた。
「なんとかしなければ」
| 巡回 | 学習日 | 合計 | 【1】 | 【2】 | 【3】 | 【4】 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 10/05 | 34 | 11 | 5 | 6 | 12 |
| 2 | 10/05 | 36 | 11 | 5 | 6 | 14 |
| 3 | 11/15 | 52 | 11 | 16 | 6 | 19 |
| 4 | 11/19 | 59 | 17 | 17 | 6 | 19 |
| 5 | 12/23 | 66 | 19 | 13 | 15 | 19 |
| 6 | 12/31 | 69 | 19 | 16 | 14 | 20 |
| 7 | 01/04 | 73 | 20 | 11 | 20 | 22 |
| 8 | 01/09 | 63 | 18 | 13 | 15 | 17 |
| 9 | 01/10 | 95 | 25 | 25 | 23 | 22 |
高3の総体(高総体)が終わった。放課後の補習と自習が始まって、帰宅時間は変わらない。学校の宿題は増え、自分に必要な勉強に取り組めない。
「しないこと」を決めた。
センター過去問に取り組む時間を作った。数学塾だが取り組むのは全科目だ。
「世界史の先生が怖くて」よく勉強したが覚えられない。「過去問に出されたことを覚えよう」と決めた。
B表は2017センター世界史の反復記録。3ヶ月半で9回反復した。1回解いたからと、次解けるわけではない。地道に取り組んだ。
本番で自己最高点
センター直前になって学習の成果は表れた。
模試で校内200人抜き。第1志望の熊本大養護教諭養成課程はギリギリB判定。10人中6人合格のラインだ。
0.7点の壁
熊本大の個別試験は国語と数学。21年分の過去問を反復して挑んだ(C表)。
が、結果は不合格。
750点満点で合格最低点との差は0.7点。合格者25名、26位だった。
Sさんを支えたのは養護教諭になる目標だ。
国立大の養護教諭養成機関は九州に熊本大だけ。熊本大で学びたかった。
学習を数値化し、合格者平均を目指せ
Sさんは数学が苦手。
君は個別試験を苦手科目で受験できるか?21年分の過去問を反復できるか?
Sさんはやり抜いた。
合格可能性は模試の偏差値より大学が公表する合格者平均点が目安になる。
Sさんの場合、個別試験の合格者平均44%に対し42%得点で合格と想定し可能性を判断した。
一生を支える
Sさんは後期で県立大看護に合格。将来、看護師の資格をとって養護教諭になるだろう。受験をやり抜いた経験は一生を支える「自信」になる、と信じたい。
みなさんの横で、Sさんがこんなに頑張っていた。このことを伝えたくて記事を書いた。
諫高・青雲・長崎東・西の体育部主将やインターハイ経験者が6名いて5名合格進学した。
これからの彼らのチャレンジにエールを送りたい。
私の夢を叶えてくれた「努力を続ける力」 高校1年生の頃、保健室登校になりかけた経験をきっかけに、私は初めて「養護教諭になりたい」という夢を持ちました。教育学部へ進学して夢を叶えたい。しかし、九州で養護教諭養成課程のある国立大学は熊本大学しかありませんでした。 高校3年生の6月まで、私はバドミントン部のキャプテンとして高総体に全力を注いでいました。部活動を引退し、「ここから受験勉強を頑張ろう」と決意して受けた最初の模試。結果は362点/900点、偏差値44。熊本大学教育学部養護教諭養成課程はE判定でした。 結果を見た瞬間、「熊本大学に受かるわけがない」と思いました。 さらに、模試返却後の学年集会で先生方から言われたのは、「あと半年で100点も上がる人なんていない。」という言葉でした。当時の私にとって、その一言は胸に深く突き刺さりました。 でも、今振り返ると、あの言葉が私の心に火をつけてくれたのだと思います。 「高3の6月になっても思うように点数が伸びず、苦しんでいる人はきっと他にもいる。そんな人たちに可能性を示したい。先生方の常識をひっくり返してやろう。」 そう決意した日から、人生で初めて毎日10時間以上勉強する生活が始まりました。 苦手科目は何度も何度も反復しました。英語は高校1年生の頃から使っていた分厚い文法書を丸暗記するつもりで3周。苦手な社会は、学校の問題集が自分に合わないと感じ、社会2科目、理科基礎2科目ともに、センター試験の過去問10年分を4周ずつ解きました。とにかく「できるまで繰り返す」ことだけを考えて机に向かい続けました。 もちろん、順調なことばかりではありませんでした。思うように点数が伸びず、前回の模試とほとんど変わらない結果に落ち込むこともありました。目標点に届かず焦りを感じる日もありました。それでも、「今やるべきことは何か」を考え、目の前の一問一問と、自分自身と向き合い続けました。 その結果、センター試験本番2週間前の模試で初めて600点台に到達しました。600点/900点、偏差値54。熊本大学教育学部養護教諭養成課程はB判定になりました。 「ここまでやってきた努力は間違っていなかった。」 そう思えたことが、大きな自信になりました。 迎えたセンター試験本番。結果は602点/900点。 高校3年生の6月から約7か月で240点アップしました。他の人と比べれば、スタートも決して高くはありませんでしたし、最終的な点数も決して胸を張れるものではなかったかもしれません。それでも、私が一番見返したかった先生方から、「学年で一番成績が伸びた。本当によく頑張った。」と言っていただけたことは、今でも忘れられません。 センター試験の結果から出た判定は、熊本大学B判定。竹下先生と一緒に例年の合格最低点を分析し、二次試験で何点取れば合格できるのかを話し合いました。 私の二次試験は、得意科目の国語と、大の苦手科目だった数学でした。少しでも苦手を克服するため、また勉強漬けの日々が始まりました。数学の過去問は2か月で21年分を解きました。決して得意にはなれませんでしたが、「今の自分にできる最大限の努力」はやり切ったという自信だけはありました。 そして迎えた二次試験本番。自分の力を精一杯出し切りました。 返ってきた結果は、不合格。 定員25名に対して26位。合格最低点441.40点に対し、私の点数は440.70点。あと0.7点でした。 結果を知ったときはもちろん悔しかったです。それでも、不思議と後悔はありませんでした。あれだけやり切ったからこそ、自分の実力不足を素直に受け入れることができました。 その後、後期試験で養護教諭一種免許状を取得できる県立大学看護学科を受験し、総合1位で合格しました。この合格も、熊本大学合格を目指して積み重ねてきた努力があったからこそ勝ち取ることができたものだと思っています。 県立大学へ進学してからは、看護学生としての4年間が始まりました。しかし、私が目指していたのは看護師ではなく養護教諭でした。 看護学科では必修科目が多く、授業だけで毎日が慌ただしく過ぎていきました。それに加えて、養護教諭免許を取得するための授業も履修していたため、教育実習は夏休みを使って参加し、教育実習が終われば半年間の看護実習。卒業論文や国家試験の勉強も重なり、目の前の課題をこなすことで精一杯の毎日でした。 そんな中で迎えた大学4年生の教員採用試験。十分な準備ができないまま挑んだ結果、一次試験で不合格でした。 養護教諭の倍率は5倍を超える狭き門です。大学受験を経験していた私は、「これだけの勉強では受からない」ということを誰よりも分かっていました。落ちた理由ははっきりしていました。努力が足りなかった。ただ、それだけでした。 結果を受けて、私はもう一度自分自身に問いかけました。 「私の夢は何だったのか。」 「何のためにここまで努力してきたのか。」 「周りはこんなにも応援してくれているのに、忙しさを言い訳にして、自分に甘えていただけではないか。」 夢を叶えたいという気持ちは、少しも変わっていませんでした。 もう一度、本気で挑戦しよう。 そう決意したものの、現実は簡単ではありませんでした。卒業論文を書き、国家試験の勉強を進めながら教員採用試験の勉強も並行する毎日。気がつけば、本番まで残り4か月しかありませんでした。 それでも毎日机に向かい、できる限り勉強を続けました。しかし、本番2週間前になっても、自信はありませんでした。 そんなとき、私の支えになっていたのは、大学受験の頃の自分でした。 「大学受験のときの自分に比べたら、まだまだ。」 苦しいとき、不安なとき、いつもそう自分に言い聞かせていました。 そして、久しぶりに竹下先生へ連絡をしました。 すると返ってきたのは、 「塾に来て勉強せんね。」 という、先生らしい一言でした。 久しぶりに塾へ行くと、大学受験の頃と何も変わらない空気が流れていました。 その年に出版されたばかりの560ページある問題集を見ながら、「時間がないから今回は無理だろう」と諦めていた私に、先生は笑いながら言いました。 「1日100ページすれば終わるね☺️」 先生らしいその一言に思わず笑ってしまいました。でも、不思議と「やってみようかな」と思えたのです。 「人生でこんなに勉強するのは、これで最後かもしれない。」 そう思い、塾へ通い詰めた2週間で、560ページの問題集を5日で1周、10日で2周しました。 「自信がない」「不安だ」と考える暇もないくらい、とにかく勉強しました。 そして、本番では目標としていた8割の得点を取ることができ、一次試験に合格。続く二次試験では、面接練習をお願いしたいと思った先生方や先輩方へ自分からお願いに回り、ほぼ毎日のように練習を重ねました。 その結果、10段階評価の満点で合格。 来月から、私は養護教諭として新たな一歩を踏み出します。 高校1年生で夢を持ってから約8年。決して近道ではありませんでした。熊本大学にはあと0.7点届かず、教員採用試験にも一度は落ちました。それでも、そのたびに「もう一度頑張ろう」と立ち上がることができたのは、竹下数塾で学んだ「努力を続ける力」があったからだと思います。 竹下数塾は、勉強を教えてくれるだけの場所ではありません。自分自身と向き合い、自分の可能性を信じる力を育ててくれる場所です。 先生の言葉には、不思議な力があります。「できるわけがない」と思っていたことも、「やってやるぞ」と思わせてくれます。私自身、その言葉に何度も背中を押してもらいました。 受験は、不安との戦いです。だからこそ、「今、自分にできる最善の努力ができている」という実感が、自信につながります。 私は勉強を始めるとき、毎日の勉強時間をアプリで記録し、解いた問題には日付や○・△・×を書き込み、そのときの自分から次に解く自分へメッセージを残していました。小さな積み重ねかもしれませんが、それが本番で「ここまでやってきた」という自信になりました。 努力をしても、必ず第一志望に合格できるとは限りません。私自身がそうでした。 それでも、一つだけ胸を張って言えることがあります。 努力は、決して無駄にはなりません。 たとえ遠回りをしたとしても、その経験は必ず次の挑戦を支え、自分の人生を前へ進める力になります。 今、思うように結果が出ず苦しんでいる人もいるかもしれません。でも、自分の可能性を信じて、最後まで挑戦し続けてください。 竹下数塾には、その挑戦を本気で応援し、最後まで伴走してくださる先生がいます。 私は、この10年間で学んだことをきっと一生忘れません。 竹下先生、本当にありがとうございました。
